■〔映画鑑賞メモVol.17〕『叫』(2006/黒沢清) |
こんにちは、ダーリン/Oh-Wellです。 いやはや、実に久々の更新です。・・・そう、あの『時効警察』〔◆公式サイト|※下Ph〕もおよそ一年ぶりに帰ってきた((^^)訳ですからね、僕も久々に更新いたしますヨー!(笑) そう...^^、私め、この4月の始め頃までは仕事の方も家庭内もあれこれと忙(せわ)しなく、ひと段落したらひと段落したで、しばらくはブログの更新よりも休息なり遊びなり家族なり^^を最優先させておりました、はい。そう、この4月は、映画館での新作映画鑑賞なども今年これまでに無く快調に本数をこなしていますので、書きたいものも多々出て来ました、はい。(笑) 昨日(4/20)は、仕事帰りに『サン・ジャックへの道(2005/コリーヌ・セロー)』〔◆IMDb〕を鑑賞して参りました。まぁ、実はこれが今月の4本目といったところなのですが、何にせよ、3月までに比べれば良いペースであると…。 ともかく、昨夜放映された『帰ってきた時効警察・第二話』〔◆公式サイト〕の録画を昼ごはん前に早く観てしまいたいので^^(―このTVシリーズのファンからは屈指の支持を得ているであろう三木聡の脚本・演出で、ゲストは市川実和子!)、取り急ぎ、18日ぶりの更新をさせて頂きます。 今回のエントリーは、昨日観たばかりの『サン・ジャックへの道』……では無く、 そう、「時効を迎えた事件を趣味で捜査する男、霧山修一朗」よろしく、「劇場公開が終わった映画を趣味であれこれ書く男((^^;ダーリン/Oh-Well」とでも開き直って、劇場公開最終日(4/6)に駆けつけようやく鑑賞が叶った『叫(2006/黒沢清)』〔◆allcinema ONLINE〕についてゆるゆると書きまとめておきます。尚、一度観ただけですので記憶違い等々あるかと思いますが、そこいら辺りはなにぶん御容赦頂ければと存じ上げますです。・・・ハイ。((^^) 映画冒頭。真夜中の東京湾岸の一角で男が赤い服の女に掴み掛かっている。仕舞いに、男はその女の顔を水溜りに押し付け絶命させクルマで立ち去って行く…。 続いて、主人公・吉岡(役所広司)の部屋が映される。主人公は突如の大きな揺れに目を覚ましてソファから起き上がる。部屋に居た女性・春江(小西真奈美)が「結構大きかったね。今の地震」と口にする。 朝を迎え、春江は「じゃあ、また来るから」と言い残して主人公の部屋(―古びた、おそらくは、公営アパートの一室)を出て行く。 映画は刑事の吉岡が冒頭の殺人現場に近づいて行くショットに続く。彼と一緒に現場に向かって歩く同僚の宮地(伊原剛志)が「何だ、この泥濘(ぬかるみ)は」と口にすると、吉岡は「今朝の地震で液状化現象を起こしたんだろう」などと返す。ここは東京湾岸の埋立造成地だ。 殺害された赤い服の女が担架に乗せられる。茶色く濁った水が女の口から流れ出る。署に戻った主人公は宮地から「溺死だ」と検死結果を知らされる…。 『LOFT ロフト』(2005)に続く黒沢清監督の新作『叫』は、劇中登場人物の台詞にもあったように、何かが「造っては壊される」ような、或いは「造るでもなく壊すでもなく」放置されがちな場であり、地質としても地盤から海水が時おり沁み出してくるような場である東京湾岸地域という不安定な地場を主舞台に置く幽霊映画であり、また、忘却についての映画であり、罪の報いと償いについての寓話に思える。 そう、映画の主たる背景となる少し大きな地震の度に地中から海水が沁み出て来るような湾岸埋立地という場、水溜りと泥濘(ぬかるみ)、水路、埋立地に接する大きな水溜りのようにも見て取れる淀んだ海…、廃屋となった嘗(かつ)ての精神病患者療養所の床一面を浸す水、盥(たらい)やバスタブに張られた海水、また、医師が息子を殺害するための液薬、地震で目を覚ました主人公が冷蔵庫から取り出して飲むミネラル・ウォーター等々を含めた「水」にまつわるものと、 そこに関わる人間たち(―刑事たる主人公と同僚の宮地、作業船の船員=加瀬亮、水溜りや海水に恋人や実子の頭を押し付けて殺害する男女、また、“溺死”させられた被害者たち)と主人公を取り巻く二つの幽霊、さらには、主人公ら警察関係者にカウンセリングを施す精神科医の高木=オダギリジョーらによって、ほんの少し前のことでさえも記憶が不確かになり得る人間というもの、また、忘却された過去や記憶、闇に葬られたもの葬られつつあるものについて、映画は不穏に思いを及ぼさせて行く…。 ただ、『叫』という映画は二つの異なるタイプの幽霊を擁していながらも、然程、恐怖演出に重きは置かれてはいないように感じる。(―例えば、黒沢清監督の前作『LOFT ロフト』の方が映像面でも音響面でも『叫』よりずっと露骨に怖がらせる演出の反映を随所に感じ取れた。)また、画面が醸し出す温度感というものが最初から最後まで然程変わらぬ、云わば、零度に終始するようなものに感じたし、映画に見て取れるあれこれがこれまでの黒沢清映画にあるもの以上に儚(はかな)げなものに感じ取れもした。そう、その儚げな世界観にあってこそ、現実に於いては実在すら定かではない幽霊というものが本作にあってはリアリティを持ち得て行くものだったようにも思い起こす。 さて、映画は冒頭の殺人事件に引き続き、第二の云わば“溺死殺人”を示す。主人公は最初の殺人事件現場でも続く二度目の殺人現場でもそこに残されたもの(指紋、コートのボタン、黄色い配線コード)に自分自身の影を否応無く見て取ることとなる。そして、二つ目の殺人事件が起こった後に突如自分の部屋に現れた赤い服を着た幽霊の姿を見てからは、愈々、赤い服の幽霊の姿とその叫び声に怯え精神的に追い詰められ憔悴して行き、ついには、同僚の宮地に勧められた際には「俺にはそんなものは必要ない」と突っぱねていたカウンセリング治療を自ら受けに行くまでになる…。 そして、三度目の“溺死殺人”が起こり、更には最初の(※映画冒頭の)殺人事件の赤い服の女の身元が柴田礼子という女性だったことが判明する。追って、市川という嘗ての婚約者だった男が犯人であったことも判明するや、程無く、市川は主人公らによって逮捕される。すると、再び赤い服の幽霊が主人公の自宅に現れる。主人公は「君はもうここに来る理由が無いだろ。市川のところへ行ってくれよ」などと吐き捨てた後に不意に真相を悟り「お前は柴田礼子じゃないんだな…」と口にする。 赤い服の幽霊は「ずっと前、私はあなたを見つけて、あなたも私を見つけた。見ていたくせに知っていたくせに皆私を見捨てた…」などと主人公に話し始める。 主人公の脳裏に、女性が精神病患者療養所の窓縁に立ち、水路を航行する船に乗った自分を眺めている映像が甦る。 赤い服の幽霊は叫び声を挙げ始める。主人公は堪らずに玄関の外へ飛び出す。幽霊も玄関のドアを手で開けて外に出、そして、その体は玄関と踊り場の間にある短い階段を降りたあたりにうずくまる主人公の頭上をひらりと舞うように飛び超えたまま公営アパート上階から中空へと飛び去って行く…。 憔悴し切った主人公は橋の上で春江に携帯電話を掛け「ここを出よう。理由は聞かないでくれ」と話す。 主人公は高木の診療所を訪れる。主人公から赤い服の幽霊の話を聞いた高木は怖れおののき「君はもう来なくていい。後は自分で解決してくれ」と主人公を追い返す。 駅に向かう主人公と春江。主人公は駅の改札で「先に行ってくれ、必ず追いつく」と言って春江を見送った後、嘗て、船上から「乗ってみるかい、ここからは裏側がよく見えるぞ」などと陸にいる自分に声を掛けてきた船員の作業船に乗せてもらい、今や廃屋と化している嘗ての精神病患者療養所に向かう。赤い服の幽霊は、廃屋となった療養所にやって来た(自らのもとを訪れた)主人公に「やっと来てくれたのね、あなただけ許します」と伝える。同時に、主人公は自分が春江を殺害した過去を、云わば、突きつけられることとなる…。主人公は幽霊であることが分かった春江に許しを請うと、春江は「もういいよ。恨んだって仕方が無い。だからもう忘れて」と主人公に告げて去って行く。 僕に取って本作を鑑賞中にあっての求心力となったのは、先述したような、ものを造るでもなく壊すでもなく在り、埋め立ててきた海からじわじわと侵蝕されているようにも見て取れる東京湾岸地域という不安定な場であり、互いに性格を異にする二つの幽霊であり、そして、二つの幽霊に罪を許されてしまう主人公の存在そのものだ。 赤い服の幽霊(葉月里緒菜)は、かつて、精神病患者療養所で陰湿な体罰を受けた患者だったと解釈出来よう。体罰を受け/受け続けながらも療養所から逃れられない彼女は、療養所の窓から外を眺めながら、時おり、水路を航行する船に乗った人間が自分を見つけてくれたように思えたのかもしれない。しかし、いつまで経っても主人公も誰も助けに来てくれはしない…。つまりは、「見て見ぬ振りをされた」「見捨てられた」ことと「体罰」(―それで命を落としたのだろう)への恨みゆえに死後云わば“悪霊”となり、主人公に取り憑き主人公の恋人である春江を殺害させ、また、ある種の絶望を抱えた人間たちにも取り憑いたのだろう。 さて、赤い服の幽霊は主人公を許す一方で、主人公と共に殺人事件を捜査していた宮地の命を自ら奪いもする。 吉岡への(一連の殺人事件においての)疑念が払拭できずにいたのであろう宮地は主人公の自宅を訪れる。留守宅のあちこちを見て回ったあと、バス・ルームで水が張った盥(たらい)を見て取ると、細かい波紋が生じ始めた水面に近づいて指先をつける。すると、さながら高飛び込みの選手が一直線に水面に突き刺さって行くように、宮地目がけて赤い服の幽霊が叫び声を挙げてまっさかさまに落下突入して来る。宮地の姿は赤い服の幽霊と共に盥(=水/海水)の中へと瞬時に消えてしまう。そう、言うまでも無く、嘗て、彼女自身が盥に張られた海水に頭を押し付けられ溺死させられたことへの復讐だろう。 そう…、宮地は事件を追う過程で主人公の吉岡に「お前、何か勘付いているんだろ、言えよ」などと口にしてはいたものの、幽霊に命を奪われるには余りに理不尽と言える訳で、この部分だけをもってしてもこの赤い服の幽霊は“悪霊”と言い得るかと思える。そして同時に、規律を守らぬ患者に加えられたという体罰の陰湿さに不穏、憂鬱に思いが及んでも行く…。 僕に取っては、この映画が醸し出して行くしんみりとした寂寥感や鈍く疼くような痛みの感覚が鑑賞後にも俄(にわ)かには払拭しがたいところとなっている。 エンディング。「アタシは死んだ。だからみんなも死んでください」と繰り返す赤い服の幽霊の声が響く中、人気の無い、強風に新聞や紙屑が舞う街中を主人公が足早に歩いて行く。 街を去って行こうとする主人公を見据えて立ち尽くす春江が悲痛な表情で声無き叫びを挙げる。 P.S) ・・・そう、この『叫』には「時効を迎えた事件を趣味で捜査する男、霧山修一朗」、こと^^、オダギリ君が精神科医役で出演しているのですが、今回のエントリー中ではオダギリセンセについては殆ど何も触れられませんでした。ただ、いずれ、オダジョー^^については『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン(2007/松岡錠司)』〔◆allcinema ONLINE〕での演技に対する所感を含めて何かエントリーをしてみたいとは思っていますので、まぁ、何卒ヨロシクお願いします~^^ 〔当ブログ内の関連記事〕 ■〔映画鑑賞メモVol.13〕『LOFT ロフト』(2005/黒沢清) 〔※本エントリーは、以下のサイトともリンク中〕 ** 叫@映画生活 補足) ◆黒沢清監督、役所広司、小西真奈美、伊原剛志インタヴュー~シネマトゥデイ http://cinematoday.jp/page/A0001319 ◆幽霊は信じる?『叫(さけび)』役所広司、小西真奈美、伊原剛志、黒沢清監督インタビュー~Cinema Cafe.net http://www.cinemacafe.net/news/cgi/interview/2007/02/1408/ |
by oh_darling66
| 2007-04-21 13:53
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