◆ エイプリル・フールとも言われる日が間もなく終ろうとしています。 |
4月1日、 エイプリル・フールとも言われる日が間もなく終ろうとしています。 嘘をついて良い日…、 その良し悪しはともかく、小心者の僕は今日一日電話にも出れませんでした(^^; そんな僕ですから、 今日は仕事を早引きして3本映画を観ました! まず、短いのを2本(『鶴八鶴次郎(成瀬/1938)』〔87分〕、『リロ・アンド・スティッチ(2002)』〔86分〕)、 そして、締めに『ベン・ハー』(ワイラー/1959)〔212分〕 ふぅ~ ■〔映画人物評Vol.1〕渡辺文雄 前半まで嘘です、ごめんなさい(―きっぱり!) さて、 エイプリル・フールのけじめ(^^)をつけたあとで、 今宵は、大島映画の常連だった渡辺文雄について以前に纏(まと)めたものをお披露目いたします、 これは、昨年渡辺文雄が亡くなった数日後に書いたものです。 自ずと、彼が生前親しかった大島組の他の3人(戸浦六宏、小松方正、佐藤慶)にも触れるものと相為っているはずです。 ※Phは、キャリア後年の渡辺文雄氏 ムンムンとした熱気を放つ渡辺文雄の存在感 ***ネタバレ注意 2004年8月4日、渡辺文雄が急性呼吸不全のため都内の病院で逝去した。 今、僕なりに渡辺文雄の映画俳優としてのキャリアを顧みると、そのインテリとしての知性なり情熱なりは、決して観念的、自己完結的な演技などに納まって行くものではなかったように思う。渡辺文雄は見るからに厭らしい面を纏ったキャラクターを数多く為し得ている。それらに血肉を通わせてスクリーン上にぎらぎらと輝かせることにその情熱が惜しみなく注がれていたのだろう。 キャリア初期の『愛と希望の街』(1959)、『彼岸花』(1958)、『秋日和』(1960)と云った作品に在る聡明で朗らかでモダンさも愛らしさも兼ね備えた姿などを見ていると、それらを売り物にしても監督たちに十分重宝がられて行っただろうと思えるのだが、大島渚と出会ってからの役どころは徐々に「憎まれ役」が増えて行く。 渡辺文雄の演技は政治的葛藤に苛まれるような役どころをナイーブに演じた時などにも忘れ難いものが在るのだが、ジャンルは如何なるものであれ、何よりも「憎まれ役」を演じた時にこそ渡辺文雄という俳優はスクリーン上で最も輝いていよう。 それら、渡辺文雄が為し得た幾重にも屈折した人間性を湛えたキャラクターたちは胡散臭さやどす黒さを以って輝き、僕の視線を奪い心を引きずり回す。 例えば、『女囚さそり 第41雑居房』(1972)の冷酷な刑務所長、『帰って来たヨッパライ』(1968)でのヒロインの業突張りな養父、『白い巨塔』(1978―1979/フジテレビ)の浅はかな市会議員あたりにある渡辺文雄の演技、強烈な存在感はいつも僕を驚喜させて止まない。 作品名を挙げることは避けるが、爽やかさを以って登場しながらも、仕舞いには悪辣な本性を現すような役どころを演じた時の渡辺文雄もこれまた絶品だ。 僕がこれまで見聞きして来たところでは、先述したもの以外にも渡辺文雄が為した猛烈なキャラクターは少なくなさそうだ。例えば、『聖獣学園』(1974)に於ける修道院の司祭役などはその風貌からして観客の度肝を抜くものであるらしい…。 渡辺文雄の主たる映画キャリアが1960年代、1970代に在るとして、この時期、特に1970年代に嬉々と「憎まれ役」を数多くこなしたことは俳優・渡辺文雄の偉大な功績だと思う。 どの出演映画を観ても、彼は役を演じることに心底夢中になっているように見える。 映画の肌理がシュールなものであっても、「不良番長シリーズ」(1968―1972)のような猥雑さに終始するものであっても、「日本の首領シリーズ」(1977―1978)のような一世を風靡した所謂“東映実録路線もの”などであっても、彼がスクリーンで放つムンムンとした熱気は映画に張り詰めたものを醸成して行く。 渡辺文雄は、所謂“大島組”として括られる事の多い4人の俳優(渡辺文雄、戸浦六宏、小松方正、佐藤慶)の内の一人でもある。彼らの不敵なルック、特異な持ち味は長く観客の視線を奪って来たように思う。そして、僕の目に映る渡辺文雄は、戸浦六宏や佐藤慶よりもばりばりとしたタフさを以って、小松方正とはまた異なったワイルドな胡散臭さを以ってスクリーン上に暴れている。 大島渚が1969年に撮った『新宿泥棒日記』という映画がある。 本作には、横尾忠則扮する(本/書籍)泥棒が活躍するドラマ本筋と絡みつつ妙な宙吊り感を湛えて印象深い或るシーンが挿入される。それは、渡辺文雄、戸浦六宏、小松方正、佐藤慶を含む大島組面々が酒を飲み交わしながらのセックス談義を納めた10分ほどのシーンだ。ここでは何よりも、4人(※ここでは彼等に役名などは無い)が交わす友人同士ならではの気の置けない言葉の遣り取りが僕の頬を緩ませる。 渡辺文雄は「破廉恥に行きます。僕はこの際司会者に為ります。いいですね、いいですね、いいですね…」等と言いながら場を仕切り始め、一同にさまざまな問いを投げ掛けて行く。 例えば、渡辺文雄が「愛とは何ですか?」と問うと、佐藤慶は「愛なんて人に言うことじゃないですね」と毅然と応える。詳細に触れる余裕は無いが、さらに、佐藤慶は「セックスの開放なんて僕は有り得ないと思う、それは飽くまでも個々のもので、そのまま埋没したっていいと思うし、その方が遥かに美しいと思う…」「名器でも何でもないものを名器にし得ることがセックスだと思う…」等々、耳を傾けざるを得ないような印象深い言葉をあの良く通る魅力的な声で紡ぎ出して行く。 一方、渡辺文雄もあのやや甲高い声で自説を語りはするのだが、佐藤慶の語るものと比べて今ひとつ要領を得ない。それでも、身振り手振りを交えて声高に語り、時に友人の言葉に深く頷きもする渡辺文雄の大人の朗らかさや大らかさは僕を惹き付けて止まないのだ。 享年74歳。 この場をお借りして、渡辺文雄氏の逝去に深い哀悼の意を捧げます。 当ブログ内に於ける関連記事) ■〔映画雑談Vol.3〕「こんな寅さん映画も観てみたかった」~4人の名優に捧げる |
by oh_darling66
| 2005-04-01 23:57
| ■ 映画人物評
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